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衝撃!タマトンガがWWEと合意していた2016当時画像と理由と今後#njpw

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新日本プロレス・バレットクラブのタマ・トンガ選手が2016年にWWEと合意していた事がポッドキャストで明かされた事が話題となっています。

当時のタマ・トンガ選手とタンガ・ロア選手の様子がどうだったのか気になりますね。

 

この記事では、タマトンガ選手がWWEと合意していた2016年当時の画像と、タンガ・ロア選手が初参戦した当時を画像で振り返ってみましょう。

 

衝撃!タマトンガがWWEと合意していた2016当時画像と理由と今後

新日本プロレス・バレットクラブのタマトンガ選手が自身のポッドキャストで衝撃のカミングアウトをしました。

 

2016年当時、新日本退団をした中邑真輔選手らとともに退団する意志で、WWEと口頭合意していたらしいのです。

現在はバレットクラブの中でも重鎮であり、IWGPタッグ王者チームとして何度となくタッグのベルトを巻いた、ある種、いつもの光景が4年前を最後に変わっていた可能性を想像すると、新日本プロレスに残ってくれたことには感謝しかありませんね。

 

バレットクラブ7周年をTシャツとロゴの変遷画像で振り返ると面白い#BulletClubDay

 

タマトンガがWWE合意を明かしたのはポッドキャスト

 

タマトンガがWWEと合意をしていたと言う衝撃のカミングアウトをしたのは、自身のポッドキャスト「#TamasIsland」です。

 

※下記ツイッター音声ではその内容はわかりません

 

ポッドキャストで明かされた内容を伝えているブログによると、

 

当時はAJスタイルズ、カール・アンダーソン、ルーク・ギャローズ、中邑真輔が新日本プロレスを退団しましたが、そのときにタマ・トンガもWWEに加入する可能性があったようです。

しかし新日本プロレスからブラザーであるタンガ・ロアを加入させると約束されたことで、留まることを決心したとタマ・トンガは語っています。

「レッスルキングダムに出場した後、1月から2月末まで戻っていたんだ。それが最後のツアーだったね。するとオーランドにあるパフォーマンスセンターでトリプルHとミーティングをしないかと連絡をもらったんだ。そして2月の最初の週にトリプルHとミーティングを行った。彼らは私を欲しがっていて、私も『いいね、わかったよ』って感じだった。それはジャイアント・バーナードのおかげだったと思っている。ジャイアント・バーナードことAトレインはそこでコーチをしているから、彼が私を招き入れてくれて私も同意したんだ。『OKだ、行くよ』ってね。今の場所を去ってWWEに加わることに口頭で合意したよ。だから新日本の最後のツアーまで新日本には伝えたくなかったし、最後のツアーのために戻ってきたときにはチャド(アンダーソン)、ギャローズ、(中邑)真輔と一緒にやっていたんだ」

「最後のツアーのために(日本へ)やって来たから事務所に行って、タイガー服部に電話して『これが最後のツアーになるんだ。このツアーが終わったら私は最後だ。』って言ったんだ。すると彼が『何だって?どういうことだ?』って言っていたよ。そして電話を切ると、10分後には新日本の社長から電話がかかってきて、『明日事務所に来てくれないか?』って言われたんだ。だから私も『わかったよ』って答えて事務所に向かった」

「でも彼らは私がすでにWWEと合意していたことを知らなかったから、オフィスに向かったら、彼らはいろいろな契約をオファーしてくれた。申し訳ないって感じだったけど、素晴らしい契約だったよ。でも私は『申し訳ない、ここを出ていくんだ。すでに彼らとは約束してしまっている』って伝えて事務所を出て、ツアーを続けたんだ」

「そして次の日に試合をしたんだけど、ファレが待っていたんだ。ファレは彼らに『彼のブラザーを連れてくれば彼は残ると思う』ってことを伝えてくれていた。試合のために会場に行ったときに服部から連絡があって、『君のブラザーを連れてくるから』って言われたんだ。『本当かい?』って感じだったよ。ブラザーを連れてきてタッグを組もうと2年前から思っていたんだけど、いつもダメだって言われていた。なぜなら彼の居場所がないからね。そして次の日に事務所に呼ばれて、ブラザーを連れてくる約束ともに私に契約条件を提示してきたんだ。だから私もいいよって返事をしたよ」

「だから今度はWWEに断りの連絡をしなければならず、最初に伝えたのはAトレインだったんだけど、『本当にすまないが、断れない契約をしてしまったんだ。申し訳ない』って伝えたんだ。Aトレインのことは大好きだから、それが彼を傷つけていることはわかったよ。彼とは一緒に仕事をしたかったし、以前にも一緒に働いたことがあって、そのとき彼は私の面倒を見てくれていた。電話を切って、採用担当の人に『すまない、機会を与えてくれてありがとう』ってメールを送ってそれで終わりだ。話はそれで終わりで、ここから私とブラザーが始まったってわけさ」

<引用元:WWEの最新情報USA>左記リンクから情報元ブログへ飛びます。

 

ジャイアントバーナード、タンガ・ロア、新日本プロレス、タイガー服部さんと、タマトンガ選手を取り囲む人の多さが、いかにタマ・トンガ選手が世界中で必要とされている選手かがわかりますね。

 

 

タマトンガ選手が新日本プロレスに初来日(入団)する前に、アメリカで内藤哲也選手と出会っていた話はこちらです。

 

内藤哲也の会場マニアのルーツは11年前のアメリカ!練習はチーム3Dアカデミー#njpw

 

2016年当時の画像と今後は残る?


タマトンガ選手は2016年のレッスルキングダム 後にアメリカに戻り、HHHと口頭で合意していたと言われています。

当時はカール・アンダーソン選手らも退団するタイミングでしたので、

 

 

仲間との別れを惜しんでいるかの様な画像もありますし、後に新日本プロレスが新日本に呼び込むこととなるタンガ・ロア選手についても年末に意味ありげにツイートしています。(この時点ではタンガ・ロアを新日本に呼ぶ予定はなかったのでしょう)

 

 

新日本プロレスへ残ることを決心したかと読めるツイートも。

 

 

タマトンガ選手は、なぜこのタイミングでこの告白をしたのでしょうか。

現在、新型コロナウイルス感染問題で海外にいる選手は新日本プロレスの再会のNJC2020に参戦できません。

 

新日本プロレス再開のNJC日程とチケット情報!内藤vsヒロムの可能性

 

新日本プロレスとしては、タマトンガ選手が離脱するかもしれない際どい契約の話にはなりますが、これを明かすと言うことはタマトンガ選手自身は、今は良い思い出、と、新日本プロレスへの信頼と今後も新日本マットで戦っていくことの気持ちの現れではないかと受け取れます。

 

そして、新日本プロレスへの「きちんと俺を評価しないとWWEへいっちまうぞ!」という牽制でもあるかもしれませんww

 

いずれにしても、今いる選手が当たり前に新日本プロレスで試合をしている光景を当たり前と思わず、ファンも各選手に感謝をしながら応援しましょう!

 

まとめ

 

この記事をざっくりまとめると、

 

  • タマトンガ選手がポッドキャストで2016年にWWEと合意していたことをカミングアウトした
  • 当時は今となっては意味深な画像をいくつか投稿している
  • このカミングアウトは、今後も新日本プロレスに残る意思があるためあえて明かしたのではないか

 

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